スアとナタポンと記憶の影
今回は二次創作となります。前半部がスア視点、後半部がナタポン視点となります。
スアとナタポンと記憶の影
「こんにちは」
トントンとドアをノックした私はあえて名前を呼ばずに、部屋の主であるナタポンさんを訪ねます。今日はナタポンさんの旅行のお話を聞いて、小さな本にまとめよう。と前々から約束していた日です。
「……いいよ、入って」
いつもより少し低い声。もしかして、また。そんな気持ちを抑えつつ、失礼します。と声をかけて扉を開けます。ナタポンさんと目が合ったとき、一瞬、怪訝そうな顔をしたその瞬間、私にはわかってしまいます。
ああ――、ナタポンさんは「また」私のことを忘れしまったのでしょう。
「ごめんね。何か、約束を忘れてしまったかな」
そんなごまかしも、話すようになってからもう何度目でしょうか。私に向かって笑みを向けてくれるナタポンさんですが、私にはナタポンさんがまた、私を忘れてしまい、そのことを悟られないようにしようと必死に取り繕っていることが分かります。私の心に痛いほど悲しさと、申し訳なさが伝わってくるのですから。
「いえ、初めまして、ですね。私はクォン・スアといいます。今日は上の方からの実験の方で、私とあなたの交流を。とのことだったのでこちらに」
こんな嘘も何度目かわかりません。ただ、私がそう言うと、ナタポンさんがほっと一息。そして私の心の痛みも和らぎます。
「そうだったんだね。僕はナタポン・リアムライ。ここに来る前は旅をして、写真を撮っていたりしていたんだ」
「写真を撮りながらの旅ですか~。なんだか羨ましいです~。私は小さな図書館で働いていて、あまり旅行はしなかったんです。よろしければお話を聞かせてくれませんか?」
私の話はそこそこに、ナタポンさんの話を促します。私がそう言うと、ようやくナタポンさんの心がほっとしたのか、私の心のざわつきも落ち着きます。
「立ち話もなんだし、こっちに来て座ってよ。お茶はともかく、お菓子は用意してあるし」
「ちょうど良かったです。私が好きな銘柄の紅茶を持ってきたんですよ~。そちらの電気ケトルを使ってもいいですか?」
「ごめんね。わざわざ来てもらったのにお茶の用意もしてもらって」
「お茶だけじゃ少し寂しいので、お菓子もあってよかったです。それに、私が好きでやっているので気にしなくてもいいですよ」
ちょっとした、うそ。あのお菓子はナタポンさんがこの紅茶と会うものを、わざわざ取り寄せてくれたもの。ナタポンさんはパタパタと慌ただしく、イスやお菓子を用意してくれます。私はできるだけゆっくりと紅茶を入れます。持ってきたティーカップを少し温めて、茶葉を測り適切な温度でお湯をそそぎます。私がこうやって時間を使っている間、ナタポンさんの混乱した心を、落ち着かせてもうために。
そろそろかな、とティーカップを持ちナタポンさんの方へ振り向きます。準備万端で椅子に座り、自作の写真集をめくりながら何かを考えているようです。静かにお茶をテーブルに置くと、写真集から顔をあげます。
「ありがとう。それじゃあいただくね」
「はい。私もお菓子をいただきます」
「……なんだか、とても懐かしい味だね。スアさんの国の銘柄かい?」
「ええ。韓国では結構有名ですね。早速ですが……」
「うん。それじゃあここの国の話をしようかな」
ナタポンさんは写真集に貼ってあった付箋をめくり、そのページを私に見せてくれます。
「スアさんは日本に言ったことある?」
「いえ、私は韓国出身ですけど、国内から出たことはないですね~。東京とかに行かれたんですか?」
本当は国の首都みたいな人の多いところにはいかないと知っています。ですが、ほんの少しだけナタポンさんのことを聞いてみます。
「いや、僕は田舎の方によく行くんだ。そっちの方が落ち着くからさ」
「とはいっても、行ったのは地方都市なんだけどね。船を使って行ったんだけど……」
そう言いながらナタポンさんは私に写真を見せてくれます。何度私との記憶をなくしても、話してくれる旅行の話は毎回違います。それが楽しみで、私はいつの間にか紅茶を飲む手も止めてしまいます。見せてくれた写真は船から撮ったのか、きれいな海と日の出が写っていました。
「荷物を運ぶ大きな船だったからさ、甲板は結構高い位置にあったんだけど、そこには大きな人形みたいな置物があってさ」
また別の写真には黄色い宇宙服みたいなものを着た、大きな人形が鎮座していました。
「目がちょっと、その、怖いです」
「あははっ。僕も思わず、うわって声が出ちゃったよ。でも、これも日本らしいのかなって思うんだよ」
「そうですね〜。私のいた図書館でも、日本の児童図書はかわいらしいものが多かったですね。……この人形は、ちょっと、ですけど」
「へえ〜。確かに日本の本屋に行った時、漫画? っていうんだっけ、一杯置いてあったな。それで、船が街についたからのんびりと商店街を歩いてたんだ。ちょうどお昼時だったんだけど、働いている人がいくつものお店に並んでいてさ。しかもものお店も同じものを売っているんだ! なんだと思う?」
ナタポンさんはまるで子供のように目を輝かせながら、私に問うてきます。お昼ご飯で毎日食べても飽きなさそうなものですよね。
「どんぶり、ですか? 日本も米食ですし、韓国でも一時流行った気がしますね〜」
「うん。そういった街もあるかもしれない。でも、僕がいった街だと「うどん」をみんな食べていたんだ」
「うどん……ですか? 確か冷麺と違って小麦粉で麺を作って、煮干しの出汁を使った汁物、でしたっけ」
「そうそう! それだよ! 僕もうどんを食べてみようと店に入ったんだ。たくさんの天ぷらからいくつか選んでさ、うどんを注文したらすぐにうどんが出てきてさ!びっくしりして!」
うどんの写真や、たくさんの天ぷらが並ぶ写真などを見ながらナタポンさんの話を聴いていると、まるで自分もその店に入り、うどんを食べているみたいです。私がそうなのだから、きっとナタポンさんもそうなのでしょう。
「思わず店員さんに、なんで早いの? って聞いてみたらさ、お客さんを待たせないように茹でたてを用意してるって」
「忙しい会社員さんもゆっくり食べられるように配慮してるんですね」
「うん。出てきたうどんを食べてみると、麺がすごくモチモチしてさ、コシがあるっていうらしいんだけど、これなら毎日でも食べたいって思っちゃったね」
笑みを絶やさずナタポンさんは旅行の話を続けます。部屋に籠り、本を読み耽る私にとって、新鮮な話ばかりでちょっぴり羨ましいです。でも、心がぽかぽかする話ばかりです。だから私は、ナタポンさんの話をもっと聞きたいんです。たとえ、ナタポンさんの——
「私は出不精なので本ばかり読んでいますけど、ナタポンさんの話を聴いていると、見知らぬ地に行ってみたくなっちゃいます」
「僕は逆にあまり本とか読まないからすごいなあって思うんだ。よかったらオススメの本とか教えてくれないかな?」
ナタポンさんは決まって私の話を聴きたがります。今日はあらかじめ話そうと思っていた本があるんです。
「そうですね〜。『オデッセイ』という小説を紹介したいですね」
「『オデッセイ』? 知らないなあ。どんな話なんだい?」
「はい。主人公は火星でのミッション中にチームの仲間たちとはぐれて、火星に取り残されてしまうんです。ですが、持ち前のポジティブさと、チームの献身的な助けがあって、果たして——というお話ですね」
「へえ〜。火星に取り残されちゃうのか。どうすれば生きられるのか僕にはちょっとわからないなあ」
「続きは読んでみてのお楽しみ、ですね。よければお貸ししましょうか? この島にも持ってきていますし」
「うん。それじゃあ、お願いしようかな」
よし、とちょっとだけ握りこぶしを作ります。また、ナタポンさんの話を聴くことができますから。私はすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、ナタポンさんも慌てて紅茶に手をつけます。――何か違和感を覚えましたが、気のせいですよね?
「ああ、ごめんごめん。もう時間だっけ、すっかり話し込んじゃったかな」
本当はそれほど時間は経っていません。私ももっと、ナタポンさんのお話を聴いていたいです。ですが、これ以上長く居てしまうと、『ナタポンさんが私のことを忘れている』という真実がバレてしまいそうで。そして、それに気づいた彼の悲しむ姿を、私はみたくありません。
「いえ、私も楽しかったです。また、旅行のお話を聞かせてくださいね?」
カチャカチャと音を立て、ティーセットを片付けます。静かに立ち上がり、私はにっこりと微笑みます。そして、ドアの前まで歩き、最後にナタポンさんの方へ振り返り
「それでは、次も素敵なお話を。それと、また——」
——私のことを、忘れないでくれますか? そんな言葉を飲み込みます。もし言っていたとしてら、また彼を、悲しませてしまうから。
私は手を振り、扉を閉じようと——
「待って!」
一瞬驚きましたが、平常心。
「えっと、なんでしょうか?」
「あっと、次の予定を聞いてなかったからさ、できれば早く読んでみたいなと思って」
「えーっと、そうですね。明日の、今日来た時間くらいでどうですか?」
「うん。わかった。それじゃあ、その時間で」
今度こそ扉を閉めて、ふうーっと一息つきます。バレては、いないよね?
自分の部屋に戻りながら、ふと、窓の外に顔が向きます。外は夕焼けも終わる頃。太陽が闇に消えようとしています。
——あの太陽が消えてしまっても、彼が私のことを忘れないその日まで
私はナタポンさんとの何気ない「日常」を過ごしましょう。
日課の散歩から帰ってきた僕は、今日撮った写真を振り返っていた。もう使われていない消防署に、蔦や草が生い茂った写真が一番のお気に入りだ。使う人が居なかったら、誰からも忘れられて、自然に還ってしまうんだなあと思う。
一息入れようと、お菓子を置いてある棚に目を向けると、見慣れた、だけど何故あるかわからない僕の地元のお菓子が並んでいた。えーっと、取り寄せたっけ? なんのために? 考えてみるけど、何にもわからない。そんな時にトントンと扉が鳴った
「こんにちは」
誰だろう? 聞いたことのない、女の人の声だ。
…………もしかしたら「また」忘れてしまったのかも。
「……いいよ、入って」
出来るだけいつもの声色で、扉の向こうの人に声をかける。失礼します。と一言断ってから入るその人は、やっぱり知らない女の人。彼女と目が合ったとき、一瞬、彼女が悲しそうな顔をしたその瞬間、僕にはもしかしたら、とある予感がよぎった。
ああ――、僕はまた誰かを忘れしまったのか。
「ごめんね。何か、約束を忘れてしまったか」
まだわからない。なるべくバレないように、彼女に謝る。もし本当に忘れてしまったのなら、それは僕にとっても、彼女にとっても、とても悲しいことだから。
「いえ、初めまして、ですね。私はクォン・スアといいます。今日は上の方からの実験の方で、私とあなたの交流を。とのことだったのでこちらに」
ほっと、一息。どうやら僕の杞憂だったみたいだ。
「そうだったんだね。僕はナタポン・リアムライ。ここに来る前は旅をして、写真を撮っていたりしていたんだ」
「写真を撮りながらの旅ですか~。なんだか羨ましいです~。私は小さな図書館で働いていて、あまり旅行はしなかったんです。よろしければお話を聞かせてくれませんか?」
何故スアさんが僕の元を訪れたのか、ようやくわかった。旅の話をするのは好きだし、何より彼女も興味を持ってくれているようだ。
「立ち話もなんだし、こっちに来て座ってよ。お茶はともかく、お菓子は用意してあるし」
せっかくだからあのお菓子も食べちゃおう。あれは、お茶に合うお菓子だったしね。
「ちょうど良かったです。私が好きな銘柄の紅茶を持ってきたんですよ~。そちらの電気ケトルを使ってもいいですか?」
「ごめんね。わざわざ来てもらったのにお茶の用意もしてもらって」
「お茶だけじゃ少し寂しいので、お菓子もあってよかったです。それに、私が好きでやっているので気にしなくてもいいですよ」
パタパタと慌ただしく、お茶を入れようとするスアさん。僕もつられて急いじゃう。でも、お菓子と椅子を用意するだけだから彼女よりずっと早く用意は終わってしまう。
スアさんの方を見るとまだお湯が沸いていないのか、少し手持ち無沙汰にしている。……スアさんは、僕に断られることはないと思ってたのかな、……考えても仕方がない。せっかく来てくれたんだ、何を話そうかな。
僕は自作の写真集に目をやると、見覚えのない付箋が貼ってあることに気づく。不思議だなあと思うけど、何かの縁だ。ここのページの話をしよう。ちょうど、お茶の用意もできたみたいだし。僕の邪魔をしないようにか、静かにお茶を置くスアさん。
「ありがとう。それじゃあいただくね」
「はい。私もお菓子をいただきます」
お菓子を広げつつ、一口お茶を飲んでみると、最近飲んだことあるような、でも僕の記憶にはない、そんな味がした。
「……なんだか、とても懐かしい味だね。スアさんの国の銘柄かい?」
「ええ。韓国では結構有名ですね。早速ですが……」
「うん。それじゃあここの国の話をしようかな」
付箋が貼ってあったページをめくってスアさんに見せると、まじまじとのぞきこむように見始めた。
「スアさんは日本に行ったことある?」
「いえ、私は韓国出身ですけど、国内から出たことはないですね~。東京とかに行かれたんですか?」
「いや、僕は田舎の方によく行くんだ。そっちの方が落ち着くからさ」
当たり障りのないやりとり。研究員の人から僕のことでも聞いていたのかな、スアさんは最初からわかってたような、そんな素振りだ。
「とはいっても、行ったのは地方都市なんだけどね。船を使って行ったんだけど……」
付箋が貼ってあったページは日本のある地方都市に行った写真だった。確か、地域の人のお昼ご飯に驚いたんだったな。
「荷物を運ぶ大きな船だったからさ、甲板は結構高い位置にあったんだけど、そこには大きな人形みたいな置物があってさ」
ちょっと怖い、黄色い宇宙服の人形。スアさんは、どう思うのかな?
「目がちょっと、その、怖いです」
やっぱりそう思うよね。スアさんは写真の人形をちょっと困惑した表情で見ている。
「あははっ。僕も思わず、うわって声が出ちゃったよ。でも、これも日本らしいのかなって思うんだよ」
「そうですね〜。私のいた図書館でも、日本の児童図書はかわいらしいものが多かったですね。……この人形は、ちょっと、ですけど」
そうか、スアさんは司書をやっていたって言ってたっけ。日本の児童図書とか気にしてもなかったなあ。
「へえ〜。確かに日本の本屋に行った時、漫画? っていうんだっけ、一杯置いてあったな。それで、船が街についたからのんびりと商店街を歩いてたんだ。ちょうどお昼時だったんだけど、働いている人がいくつものお店に並んでいてさ。しかもものお店も同じものを売っているんだ! なんだと思う?」
ついつい話しすぎちゃった。初めて会う人のはずなのに、凄く話しやすい。スアさんは僕の問いに真剣に考えてくれてるのか、顎に手を当ててうーんと考えている。やがてパッと顔を上げて
「どんぶり、ですか? 日本も米食ですし、韓国でも一時流行った気がしますね〜」
ハズレ。でも真剣に考えてくれたのは、嬉しい。
「うん。そういった街もあるかもしれない。でも、僕がいった街だと「うどん」をみんな食べていたんだ」
「うどん……ですか? 確か冷麺と違って小麦粉で麺を作って、煮干しの出汁を使った汁物、でしたっけ」
「そうそう! それだよ! 僕もうどんを食べてみようと店に入ったんだ。たくさんの天ぷらからいくつか選んでさ、注文したらすぐにうどんが出てきてさ! びっくしりして!」
うどんの写真を見てると、僕がその店で食べたことを思い出す。湯気が立ったうどんに、揚げたての天ぷら。ズルズルと麺をすするのはちょっと苦手だけど、それでも美味しかった。
「思わず店員さんに、なんで早いの? って聞いてみたらさ、お客さんを待たせないように茹でたてを用意してるって」
「忙しい会社員さんもゆっくり食べられるように配慮してるんですね」
「うん。出てきたうどんを食べてみると、麺がすごくモチモチしてさ、コシがあるっていうらしいんだけど、これなら毎日でも食べたいって思っちゃったね」
「私は出不精なので本ばかり読んでいますけど、ナタポンさんの話を聴いていると、見知らぬ地に行ってみたくなっちゃいます」
「僕は逆にあまり本とか読まないからすごいなあって思うんだ。よかったらオススメの本とか教えてくれないかな?」
スアさんの相槌が上手だったのか、ついつい話しすぎちゃった。でも、まるで僕のことを古くから知っているかのよう。小さな違和感。……もっと、スアさんのことを知りたい。
「そうですね〜。『オデッセイ』という小説を紹介したいですね」
「『オデッセイ』? 知らないなあ。どんな話なんだい?」
僕がそう答えると、スアさんはまるで待ってましたと言わんばかりに少し早口で喋りだす。
「はい。主人公は火星でのミッション中にチームの仲間たちとはぐれて、火星に取り残されてしまうんです。ですが、持ち前のポジティブさと、チームの献身的な助けがあって、果たして——というお話ですね」
「へえ〜。火星に取り残されちゃうのか。どうすれば生きられるのか僕にはちょっとわからないなあ」
「続きは読んでみてのお楽しみ、ですね。よければお貸ししましょうか? この島にも持ってきていますし」
「うん。それじゃあ、お願いしようかな」
ちょっとだけ握りこぶしを作ったスアさんを見て、そんなにおススメの本なのかな。今から楽しみだと思う。スアさんがすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すのに気づいて、僕も慌てて紅茶を飲み干したその時、僕に違和感がバっと襲い掛かって来た。思い出せ、思い出したくない。せっかく楽しいお喋りだったのに、酷く頭痛がする。でも――
「ああ、ごめんごめん。もう時間だっけ、すっかり話し込んじゃったかな」
僕は頭痛を誤魔化すように、笑いながらスアさんに問う。これ以上話すと、スアさんを悲しませてしまいそうだから。
「いえ、私も楽しかったです。また、旅行のお話を聞かせてくださいね?」
カチャカチャと音を立て、ティーセットを片付けるスアさん。やがて静かに立ち上がり、にっこりと微笑む彼女。そして、ドアの前まで歩き、最後に僕の方へ振り返り
「それでは、次も素敵なお話を。それと、また——」
ここでスアさんを返したら、二度と思い出せないような。僕の心臓がどうしようもない不安に襲われ――
「待って!」
自然と声が出ていた。僕自身も驚いたけど、それ以上にスアさんの体がびくっと跳ねた。ややあって、スアさんが僕の方を振り返る。
「えっと、なんでしょうか?」
なんでもいい。話を続けないと。
「あっと、次の予定を聞いてなかったからさ、できれば早く読んでみたいなと思って」
「えーっと、そうですね。明日の、今日来た時間くらいでどうですか?」
「うん。わかった。それじゃあ、その時間で」
スアさんと約束をして、扉が閉まる。少しは、僕も落ち着くことができた。
彼女が去った扉をしばらく見つめたあと、僕は何をするでもなく、写真集をぱらぱらと捲っていた。ぐるぐると頭の中を駆け巡るのはスアさんのこと。彼女は僕を、恐らく彼女を忘れてしまった僕をどう思っているのだろうか?
部屋に居ても仕方がない。夜の散歩に行ってみようと部屋を出て、玄関まで行く途中、ふと、窓の外に顔が向く。外はもう闇に包まれたあと。次に太陽が昇るまで、ずっとこのままだ。
——太陽が昇った時、僕が君のことを忘れないその日が
きっと来ると信じて今は「日常」を続けよう。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。今回のお話は少し切なめに。スアの嘘と、それを訂正したりしないナタポンのお話となります。ナタポンがスアの記憶を失っても、スアはそのことを言わないだろうし、もしナタポン自身が気づいたとしても、それに向き合うというのは(ルミア島に居る限り)難しいんじゃないでしょうか。今回のお話はこういった考えを元にしています。
ナタポンは自分について質問されるのが極度に苦手と資料室に書いてあったので、スアはきっと質問をしないでしょう。ただ今回は話の流れ上、1つだけ質問してもらいました。「スアがナタポンの事を知らない」という嘘を示すためのものでしたが、難しいですね。
というか初対面で仲良くなりたいと思っているのに、質問不可って結構きつかったですね。あとはナタポンの1人称視点に結構苦労しました。
付箋については「記憶を失う前のナタポンが、スアの記憶を失ってもいいように、自分の写真集にどこまで話したか印をつけたもの」というものを考えていましたが、これを1人称視点で書くのはムリでした。スアに喋らせるのはなんか違いますし。
あとはお互いの職業に関して羨ましいと思っているだとか、互いのことをよく見ているだとかをもう少し強調できたらよかったですね。
次があるとすればエマ関連になりそうです。今のところスアとエマがレオンを煽るくらいしか思いつかないですが。それかもう少し初心者向けのブラサバの話ですね。
こんなあとがき読んでくれた人がいてくださったらありがとうございます。