かいてんのブラサバブログ

Black Survival(ブラサバ)についてのんびり書いていきます。

雪と莉央とElevenと肉じゃが

 今回は二次創作となります。主な登場人物はタイトル通りです。

 

~プロローグ~


「莉央ちゃん、莉央ちゃん! 雪くんが肉じゃがを食べたいなって言ってたよ!」

「どうしたのEleven。私の部屋に入ってくるなり、そんな大声出して」

 きちんとノックをして、扉を閉めてから突拍子もないことを言うElevenに対し、慣れた様子で対処する莉央は、続きをElevenに促す。

「莉央ちゃん料理できるでしょ? 故郷の味が恋しいからできれば日本の方に作ってほしいなって雪くんが言ってた!」

「確かにできるけど、久しぶりだからあんまり自信はないよ」

「それじゃあ雪くんには料理の練習ってことで伝えとくね!」

「あっ、ちょっと! 私、まだやるって言ってない――」

「作らないの?」

「……期待されているなら、作る。うん、作るよ」

「私、莉央ちゃんの決断いいところ、大好きだよ!」

「……ありがと」

 それでね、と話を続けるElevenに相槌を打ちながら、莉央は雪のことを思い出していた。自分と同じ日本から来た高校生で、傍目から見る限りでは、模範的かつ完璧な人間がいるもんだと驚いてしまった。
 いくら料理の練習という建前とはいえ、手抜きややったことのない味に挑戦するのは良くないと気を引き締め、自分が一番慣れた味付けにしようと思う莉央だった。


~数日後、食卓~


 Elevenの提案があってから数日後、雪に肉じゃがをふるまう日がやってきた。負担はかけさせたくないと、雪が言っていたらしく、自分はお米と肉じゃがだけ用意すればよかった。それを伝えに来たElevenはシウカイというあの口うるさい料理人に呼ばれたのことで、この食卓にはいない。
 あんまり、話すのは得意じゃないけど、そうも言ってられないと莉央は気を引き締め対面に座る雪を見る。肉じゃがを作った自分に対し礼と、食材に対し礼を言う姿を見て、凛々しいと雪を評したElevenは間違っていないと思った。

「……味、どうだった?」

「悪くありません。この島で調味料を手に入れることは難しいですから、ですが――」

 雪は故郷の味である肉じゃがを数口食べて、作ってくれた人――南莉央の方へそう感想を付け加えた。それを聞いた莉央は雪の曖昧な言葉を不満に思ったのか、口を結び鋭い視線で雪を見ていた。

「つまり、良くないということね」

「いえ、決してそんなことは――」

「無理して食べなくていいよ」

 確かにかっこいいのかもしれないが、何かを誤魔化す人間は気に食わない。莉央は肉じゃがの器を奪って立ち上がり、食卓から立ち去ろうとしていた。

「不味いなら不味いってはっきり言えばいいのに」

 ハッキリ言わない人は嫌い。そういった意味を込めて、扉の前で雪の方に顔だけ向けて、立ち去って行った。

「どうやら、嫌われてしまったようです、か」

 お箸を持ったまま残念そうにつぶやいた雪。その言葉は幸いにも、莉央に届くことはなかった。


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 食卓から出たのはいいものを、衝動的な行動の後でどうすればいいのかわからず、しばらく立ち尽くしていた莉央だが、とりあえずこの肉じゃがを片付けなければと調理室へ向かった。

「随分早かったねー! 雪くんはいっぱい食べてくれたの?」

 莉央が調理室を開けると、莉央が作った肉じゃがの余りをつまんでいたElevenは、満面の笑みで出迎えてくれた。それを見た莉央は少しほっとしたが、それでも不満が勝ったのか、肉じゃがが入った器を乱暴に置いた。

「お箸くれない?」

「いいよー」

 いくら雪の物言いが気に食わなかったといえ、不味いと言われたものを出したこちらにも責任がある。Elevenが使っていたお箸を取った莉央は、そのまま雪に出した肉じゃがを一口つまむ。

「そんなに、味付け薄かったかな……」

「ねぇねぇ、雪くんとどうだった~? 凛々しくてかっこいいから、きっと莉央ちゃんとお似合いだなーって思ったんだ!」

 雪はElevenが言った通り、凛々しいと自分でも思う。とはいえ自分との好みと一致するかは別問題だ。

「私、あんまりあの人のこと好きじゃないかな」

「ええ~。せっかく仲良くなるって思ったのに、一体どうしたの?」

「遠回しな言い方で、不味いって言われた」

「あーちょっとだけ雪くんはそーゆーところがあるかな。優しいから、美味しくなかった。なんて言わないねー」

「それに、美味しくない物を食べさせ続けるのは、気分良くないし」

「だから、そのお皿を持って出てきたの?」

Elevenは莉央が置いた皿を指して首をかしげる。お皿の中身はほとんど減っていない。

「一つちょーだい!」

「ダメ。さっきも言ったでしょ、美味しくないものを食べてもらうのは――」「いいから、いいから!」

 莉央の制止も聞かずに、莉央からお箸を取り上げて、すっかり冷えた肉じゃがを口に運ぶEleven。

「う~ん? 私は普通に美味しいと思うけどな~」

 もぐもぐしながら笑うElevenを見て、莉央は彼女が「美味しくない」と言ったことが無いと改めて気づいた。

「正直に言ってくれていいよ」「美味しいよー?」

 おそらく、本当に美味しいと思っているのだろう。でも、あの太った料理人にはどこが美味しかったかElvenが丁寧に説明しているのを見た。だから、味覚は正常なのだろう。埒が明かないので別の質問をぶつけてみる。

「今まで食べてきた肉じゃがと比べて味付けはどうだった?」

莉央がそう尋ねると、キチンとジャガイモを飲み込んでからElevenは莉央へ味の感想を伝える。

「だぁーーっとお醤油を入れた肉じゃがもいいけど、素材の味を活かした肉じゃがって感じだった!」

 つまり味付けが薄かったのだろう。そう判断した莉央は自分の調理過程を頭の中で振り返り、そういえば自分好みの味付けにしたと思い出せた。

「それじゃあ次に作るときはもっと濃くしないとね」

「む~。おいしかったから、アタシはこれでいいのに」

「Elevenはよくても、ほかの人を失望させてしまうのはいけないから」

「それじゃあ、もう一回雪くんを誘わないとね!」「それはダメ」

「ええぇー。雪くんに美味しいものを食べてもらうために頑張るんでしょ?」

 Elevenは心底不思議そうな顔で莉央を見ている。莉央としては、もう雪を失望させてしまった。冷静に考えて、勝手に不味いものをふるまって、その上何も説明せずに、勝手に出て行ったのだ。莉央にいい感情を持っていないだろう。と莉央は考える。
 何よりも、あんないけ好かない奴に料理なんて振る舞う必要がない。

「私、あんな遠回しな言い方、好きじゃないし」

「えー。雪くんも結構素直な言い方すると思うけどなー」

「捻くれた言い回しで、不味いって言われたら不快にもなるよ」

「うーん、ホントかなぁ?」

 Elevenは残った肉じゃがを口に運びながら考える。箸を入れるといい具合にほぐれるジャガイモ、薄目とはいえ味が染みこんだ玉ねぎ。決して粗雑な料理とではないとElevenは思う。
 いつの間にかElevenは莉央が持ってきた肉じゃがを食べきってしまっていた。

「ごちそーさまでした!」

「文字通り、お粗末様でした」

「莉央ちゃんはこれからどうするの?」

「ちょっと疲れたからふて寝」

 やっぱり莉央は頑張って作ったんだ。何か莉央が勘違いしていると思ったElevenは、テーブルを両手で軽く叩いて立ち上がる。

「――うん! やっぱりそうだよ!」

「突然立ち上がってどうしたの」

「だって、莉央ちゃんは私が、雪くんが故郷の人が作った肉じゃがを食べたいって教えたから今こうしてるんだよね?」

不本意ながらね」

「じゃあさ、なんで私の言ったとおり、雪くんに肉じゃがを作ったの?」

 莉央はElevenの言葉を受けて理由を思い出す。自分が求められている期待に応えたいという使命感と、凛々しいと評された雪がちょっとだけ、気になったこと。

「…………期待に応えられる力があるなら、そうするだけだよ」

 あくまでも前者だけを伝えた莉央だが、Elevenはそれを勘違いしたのか話を進めようとする。

「うん! それじゃあ、夜もよろしくね? 雪くんに何がいいか聞いてくる!」
 
「ちょっとEleven待って! 私は別に作るって――」

「莉央ちゃんがあんまり好きじゃないなーって思ってる人でも、失望させっぱなしはいやでしょ?」

「それはそうだけど……多分向こうにも嫌われれただろうし」

「でも決まり! せっかくだったら、私の友達には、仲良くしてほしいもん!」

 友達と仲良く。なんていつ裏切られてもおかしくないのに。
 それでも友達だと思っているElevenのためなら作るのもいいかと思い直し、何を作ろうか頭の中で考えを走らせた。


~その日の夜の食卓~


 莉央が調理をしている間、すでに食卓で待っているElevenと雪はにこやかに話をしていた。

「雪くん、来てくれてありがとう!」

「いえ、僕ももう一度、莉央さんの手料理を食べたかったものですから。ですが」

「アレ? 莉央ちゃんから聞いた話だと、雪くんに美味しくないって言われたらしいけど」

 やっぱり何か勘違いしてるなー。とElevenは期待して待っている雪を見る。

「そのようなことは言っていません。ですが、料理について感想を述べたら、はっきり言えと言われまして」

「ううううーーん。雪くん、覚えてないかもしれないけどさ、具体的にどんなことを喋ったの?」

「『悪くありません。この島で調味料を手に入れることは難しいですから』と口にしたら、食べなくていいよと器を奪われまして、どこが良くなかったのでしょうか」

 Elevenは不満げな顔をして雪を見つめる。女の子の手料理を食べて出た感想がそれか――そういえば、料理の練習って建前だったっけ。それなら仕方ないのかな? なら、この辺りが勘違いの原因だろうとElevenは正直に自分の考えを明かす。

「雪くん。もしかして、本当に料理の練習だと思っちゃった?」

「? もしかしても何も、莉央さんの練習に付き合ってほしいとおっしゃったのは、Elevenさんじゃありませんでした?」

「女の子の料理の練習ってのは建前で、実は気になる子に自分の手料理を食べてもらいたいってことだよ、雪くんならきっと、経験あるでしょ?」

「……それは、確かにあったかもしれません」

 過去を振り返っている様子の雪を見ながら、Elevenはやっぱりモテたんだと思うと同時に、雪に対して自分の考えをぶつける。

「友達には、自分が最初に思ったことを正直に話したほうが仲良くなれると思うんだよ! 建前とか抜きにして、さ!」

「友達なら、建前とか抜きにしてですか。そうか、そうですね。またやってしまうところでした」

 建前を意識しすぎると、春のようになってしまうかもしれないのに。決して言葉には出さないけれども、そう思って生きてきたのに、忘れてしまうところだったと雪は一人自嘲する。
 ちょうどいいタイミングで莉央が入ってくる。メニューは味噌汁、ごはん、ほうれん草のおひたし、サンマの塩焼き。レノックスが釣ってきたらしいサンマをベースに、和食で固めたものだ。

「できたよ。ほら、並べるの手伝って」

「はい」「はーい!」

「男子高校生とElevenにしては少ないのかもしれないけど」

 暗に雪のことは知らないと言ってみたが、雪はその言葉で臆することはなく、真っすぐな目を莉央に向けている。

「莉央さん、言いたいことがあります」

「料理の文句はせめて食べてから言いなさい」

「そうではなくて、お昼に作ってもらった肉じゃが、とてもおいしかったです」

 互いに好きではないと、そう思っている相手から存外な好意が飛んできて、莉央の考えがしばらく止まる。

「…………なっなに。お世辞なら今更いらないよ」

 ようやく口にできたその言葉は、素直じゃない自分の声。

「違います。僕はあの肉じゃがみたいな、素朴な味がとても好きです」

「……そうなの?」

「はい」

 ここまで真っすぐに褒められると流石に照れてしまったのか、莉央は雪の目線から逃れるためにElevenの方を見る。Elevenはうんうん。と雪の言葉を肯定するかのようにうなづいている。

「先に、一般論を述べてしまって申し訳ありません」

 そう謝罪されても、悪いのは莉央の方だろう。作った料理を、自分が気に食わない言葉――しかも本心ではないこと、だけで判断して衝動的に出て行ったのだから。

「謝らないで。最後まで聞かずに飛び出して行ったのは私だから、惨めになる」

「ですが――」

「それに、ごめんなさい。濃い目の味が好きなのかと思って、今晩の料理に調味料を入れすぎたかもしれない」

 心底バツが悪そうに縮こまる莉央を見て、二人は気にしなくていいと声をかけたが、莉央は落ち込んだままである。ごはんが冷めるのも良くないと思ったElevenが率先して声を出す。

「いただきまーす!」

「……味、どう?」

「普段の莉央ちゃんっぽくない味付けだけど、私はこっちも好き!」

「僕はもう少し塩などは抑えめの方が好きです」

 恐る恐る聞いてみる莉央。Elevenはいつものように莉央に満面の笑みを浮かべ、雪は落ち着いた様子で自分の感想を述べた。

「作ってても、塩を振りすぎだと思ってたけど」

「ですが、僕のために作ってくれたということが、何よりもうれしいですね」

「私もそう!」

「二人して……! 勝手に食べればいいわ」

 作ってくれた気持ちが大事だと言われ、莉央は照れ隠しか、少し赤くなった顔を見せないために二人からそっぽを向いてしまう。

「それじゃあお腹いっぱいになるまで食べるね!」

「Elevenはよく食べるからね。そういえばお昼の肉じゃが、余っているから持ってこようか?」

「是非お願いします」

「なんで雪が答えるのよ」

「もう一度莉央さんの肉じゃが食べたいです」

「もう……! 温めなおしてくるからそこで待ってて!」

 早くここから出たいと思ったのか、莉央は早足で食卓を出て調理室に向かう。その姿をいってらっしゃーいと手を振り見送ったElevenは、雪の方へ体をずいっと寄せる。

「えへへー。上手くいったかな?」

 莉央と雪に仲良くなってほしい。せっかくの同郷で同じ高校生なのだから。Elevenは自分のささやかな試みが上手くいったことに満足している様子で頷いている。
 そんなElevenを見て雪は気になっていたことを切り出す。

「そういえばElevenさん。僕が前に言ったこと、覚えてくださったんですね」

「やっぱり、故郷の味って大事だよね!」

「そうですね。とても、懐かしい気分になりました。まるで母の味――なんて言ったら、また怒られてしまうでしょうか」

「んー、怒りはしないけど、じぃーっと見てくるんじゃないかな?」

「それは怖いですね。何か、喜んでくれるようなものが提供できればいいんですが」

「モノじゃないけど、莉央ちゃんが喜んでくれそうなことはあるかなー」

 食卓には雪とElevenしかいないが、ごにょごにょと雪の耳元で何かを伝えるEleven。内緒話ということが否応にもわかるものだった。 
 雪はなるほど、と一つ頷いてちょっと申し訳なさそうに肩をすくめる。

「僕としてはとても興味深いお話なのですが、あまり上手くはありませんよ?」

「一緒にするってことが大事だと思うな!」

「楽しそうなところ悪いけど、温めなおしたものを持ってきたよ」

 莉央が食卓の前で声をかけると、Elevenが扉を開け、出迎える。

「はい。出来立てじゃないから期待されても困るよ」

 莉央はまだ湯気が立っている肉じゃがの器を二人の前に置きつつ、少し困った風に空いた手で自分の頬をなでる。

「どうしたのー?」

「こうなるなら、夕方も作り直せば良かったかなと思っただけ」

「僕は莉央さんが作ってくださったものを、全部食べることが出来なかったので、むしろこちらの方がよかったです」

「間違ってはないんだろうけど、なんかこう、ムカッとする」

 昼の行動を攻められているように聞こえた莉央は、思ったことを素直に口に出す。そういう訳ではないんですが、と雪は弁解しかけるが、Elevenの提案を思い出す。

「それではわびと言っては何ですが――」

 雪は先ほどElevenから耳打ちされた内容を莉央に話すと、戸惑いつつも喜びの表情を隠しきれなかった。

 

~洋弓場~


 莉央の料理がふるまわれてから三日後、雪と莉央とElevenは洋弓場に来ていた。Elevenはいつもの服装だが、莉央は胸当てが目立つ弓道着、雪は着慣れた和服を着こなし弓を番えている。

「和装なんてよく用意できたね」

「僕の部屋に以前使っていたものが、いつの間にか置かれていましたので」」

「そういえば私の弓道着もそうだったよ。どうやって用意したんだか」

 ヒュンと矢が走る音が洋弓場に響く。雪と莉央は並んで的に対し弓を放ち、Elevenはそれを後ろでニコニコと見ている。

「本当に弓道やってたんだ、珍しいね」

「あくまでも教養レベルです。父の趣味というものですが」

 四射ごとに揃って矢を回収する二人。雪は四射中、一中的中するかどうかなので、あちこちに刺さった矢を回収するのに手間取っていたが、莉央は四射中、三中、四中が普通であり、雪より早く所定の位置に戻っている。

「やはり莉央さんには遠く及びません」

「教養レベルで追いつかれるほど甘くはないよ。むしろ雪の方こそ、久しぶりの割に射法がしっかりしているね」

「僕の専門は剣道なもので、形から入るのは慣れています」

「良い心がけだね。とはいえ、並んで射るだけというのも雪に悪いし」

 莉央は持っていた和弓をキチンと片付けると、未だ和弓を持つ雪の方に近づいた

「莉央さんは、もういいんですか?」

「ちょっと休憩。それより、雪の射法を見てあげる」

 雪は背中に視線を感じつつも弓を番える。射法こそ綺麗だが矢の走りは今一つで、結果は四射中一射も的に中らない。雪は少し落ち込んだ様子で矢を回収しに行く。

「まだまだ慣れないものです」

「……射法八節自体はとても丁寧だから、あとは回数をこなすだけだと思うけど」

「昔、父から形から入れと教えられたもので」

「だから、矢を番えた経験が少ないってこと?」

「ご明察の通りです」

 莉央は雪の射法で気になった点があったのか、雪の背後に立つ。そのまま和弓を支える雪の両腕に、自分の腕を背中から回して雪の腕を支えた。

「力を抜いて。私の動きの通りにして」

 雪は突然莉央が密着してきたことに驚いたのか、ぎこちない動きのまま莉央の腕に自分の腕を任せる。

「雪の場合、矢を持つとそれに集中しすぎて自然と持つ力が強くなる。もっと自然体にして」

 莉央は平静な声で喋っているが、莉央の口は自然と雪の耳元付近に寄せられている。雪はそれを必要以上に意識してしまい、不意に雪の手を握って来た莉央に対して過剰に反応してしまう。

「矢を握るのはこのくらい力を抜いていいよ。握卵って言って生卵を割らない程度の力がちょうどいいとされているね」

 雪の射法を矯正することに集中しているのか、雪の変化に莉央は気づかない。しばらくして雪の身体から離れた莉央は柔らかな声色で緊張を解そうとする。

「緊張してると思うけど、過度な緊張は良くないよ。誰も怒らないから」

「……わかり、ました」

 雪は教えられた通りに矢を放つが結局中らない。それどころか以前よりてんでバラバラな方向に矢先が向いてしまった。

「矢先にはどんな嘘も通じないよ。集中が乱れているね」

「それはそーなんじゃないかなー?」

 Elevenが莉央の言葉に割り込み、ぴょんと座っていた丸太から降りて莉央たちのほうへトテトテ歩いてくる。

「どういうこと、Eleven」

「うぅーん。それじゃ、さっき莉央ちゃんが雪くんにしたことアタシがやってみるね!」

きゅうけーい。との声に素直に従った雪と莉央はいったん緊張を解くのを見て、Elevenは少々顔が赤い雪のところに近づく。

「Elevenさん。わざわざ再現しなくても」

「まずねー。こうやって、雪くんを背中から抱きかかえるでしょー」

「Elevenさん? 腕まで回さなくても……」

「それで……って、耳まで届かないや」

 Elevenは、んーっと背伸びをしてなんとか自分の口を雪の耳元まで届かせる。そして一言、莉央には伝わらないくらいの声量でつぶやく

「…………!」
 
「雪くんの耳元で何かつぶやいてー、そして」

 Elevenは雪の両手を優しく握って、ひと撫で。

「こんな感じで優しく手を握ってたよ!」

 莉央は自分のやったことを覚えていなかったのか、Elevenの行動を信じきれておらず、しどろもどろに返事をしてしまう。

「……私、こんなこと、本当にしてたの? ただ普通に射法を教えていただけなんだけど……」

「うん! 雪くん、そうだよね?」

「……えっ、あっ、はい。……はい?」

「ちょっと雪! そこははっきりして!」

「まとめるとー、莉央ちゃんは雪くんの背中を抱きしめてー、言葉を囁いた後にそっと手を握って帰ったよ!!!」

「背中から抱きついて――手を握って」

 Elevenの言葉を反芻し、ようやく自分のやったことを思い出したのか、徐々に顔が赤くなっていく莉央。

「えっと、Elevenさんが僕に囁いたことが衝撃的だったので――」

「Eleven!!! 何を言ったの!」

「おしえなあーい。ところで、雪くん」

 イチャイチャを見せられたお礼なのか、Elevenはルンルンと言葉をつなげる。

「莉央ちゃんの胸の感触どうだった?」

「胸の感触……? ちょっと、覚えて――」

「なに! 胸がないって言うの? 確かにクォンさんとか鈴木さんとかと違って、大きくはないけどそれなりには――」

「胸当てって便利だよねー、痛くないし!」

 あっさりネタ晴らしするElevenに対して、こんがらがった頭でも、自分の失言に気付いたのか莉央は二人のほうからそっぽ向いてしまう。

「…………ちょっと頭冷やしてくる」

 そのままあっという間に二人から見えなくなるまで走り去っていった莉央を見つつ、雪はようやく頭が働いてきたのか、Elevenの方へ困り眉を見せる。

「僕、どうすればいいんでしょう、追いかけた方が」

「そうしてあげて、きっと困ってるから!」

 走り出した雪をElevenはいつもと変わらないニコニコした顔で眺めていた。

 

あとがき
こっちでは久々の投稿です。最初3500字くらいを想定していたのに気づけば9000字超えてる雑魚。地の文難しいですね。ト書きをよく読んでいるせいもあってかいい文章が書けません。書きすぎるとテンポ悪くなるなーと思いながらいつも書いています。
内容としてはあんまり器用じゃない莉央とかわいいElevenとモテはしたけど色恋事苦手そうな雪です。テーマとかは特に決めてなので、のんびりとしたお話になっていると思います。ちなみにクォンさんと鈴木さんはスアとアヤです。彰一→シセラがカイルさ呼びなのでなんとなく苗字で呼ばせてみました。
次書くとしたら莉央が投薬の影響で白髪金眼(視力が異常に良い)になったのをどうにかするお話か、Elevenお嬢様のお話か、雪くんが奔走するおはなしですね。あとがきで予定したお話書いたことないですけど。
白文字あとがきまで読んでくださりありがとうございました。